あとがき|建築の「本当」を伝えられたのだろうか
建築の「本当」を、伝えられたのだろうか
19回を書き終えて、これから企業人として考えること
全19回にわたった「暮らしを再設計する リノベーションのこれから」を書き終えました。
最後まで書いてみて、最初に残ったのは達成感よりも、少し違う感情でした。
建築の本当のところを、きちんと伝えられたのだろうか。
そしてもう一つ。
もっと楽しく伝えることができたのではないだろうか。
そんなことを考えています。
結論からいえば、このシリーズで伝えたかったのは、リノベーションの方法そのものではありません。
建築とは完成した空間を売る仕事ではなく、
人の生活と建物の時間に、長く関わっていく仕事なのだ
ということでした。
▽建築は、写真に写る部分だけではない
建築の仕事は、どうしても完成写真で語られます。
きれいなキッチン。
広くなったLDK。
無垢材の床。
オーダー家具。
照明。
もちろん、それらも建築です。
しかし、実際の現場では、その後ろにもっと多くのものがあります。
壁を壊したら何が出てくるのか。
この柱を取ってよいのか。
配管はあと何年使えるのか。
法律上、この工事は可能なのか。
予算の中で何を残し、何を諦めるのか。
10年後に修理できるのか。
災害が起きたら、この家はどうなるのか。
そうしたものの方が、むしろ建築の本体なのかもしれません。
完成すると見えなくなるもの。
お客様には見えにくいもの。
しかし、見えないところほど重要です。
今回のシリーズでは、そこを少しでも言葉にしたかったのだと思います。
▽リノベーションを「おしゃれな中古住宅」にしたくなかった
リノベーションという言葉は、ずいぶん一般的になりました。
古いマンションを格好よくする。
コンクリートを現しにする。
キッチンをオープンにする。
そうしたイメージもあります。
それ自体が悪いわけではありません。
ただ、それだけでは少しもったいない。
リノベーションには、
耐震。
断熱。
防災。
法規。
資金計画。
資産価値。
維持管理。
地域性。
身体の変化。
素材循環。
建築の歴史。
までつながる話があります。
つまり、古いものを新しく見せる技術ではなく、
今ある建物を、次の暮らしへ渡すための技術
です。
そこまで伝えられたなら、この19回には意味があったと思います。
▽ただ、少し真面目すぎたかもしれない
一方で、読み返して思うこともあります。
法規。
性能。
資金。
災害。
維持管理。
なかなか重い話が続きました。
建築に携わっている側からすると重要なことばかりです。
しかし、住まいを考えている人が最初に知りたいのは、
法律の条文でも、
断熱性能の数値でもないでしょう。
ここで朝食を食べたら気持ちよさそう。
この窓辺で本を読みたい。
友人を呼びたい。
料理が楽しくなりそう。
そんな感覚から家づくりは始まります。
建築を真面目に伝えようとするあまり、
建築の楽しさを少し置き去りにしてしまったのではないか。
これは反省として残ります。
▽建築は、本来かなり楽しい
壁を一枚動かすだけで、人の動きが変わります。
窓の位置ひとつで、朝の光が変わります。
家具を50cm動かしただけで、部屋が急に広く感じることもあります。
古い梁を残したら、それまで邪魔だと思っていたものが空間の主役になることもある。
昔の建具を別の場所へ使えば、新しい家の中に以前の時間が残る。
建築は、
構造。
法律。
予算。
という、かなり現実的な条件に縛られています。
その制約の中で、
「では、どうするか」
を考える。
実はそこが一番面白いところです。
自由だから面白いのではなく、
自由ではないから工夫が生まれる。
建築の楽しさは、そんなところにもあります。
▽「正しいこと」を伝えるだけでは足りない
建築に携わる側は、つい正しい答えを伝えようとします。
この工法が正しい。
この材料が適切。
これは法律上できない。
この方が長持ちする。
もちろん、専門家として必要です。
しかし、お客様が欲しいのは正解だけではありません。
自分の生活を理解してもらうこと。
一緒に考えてもらうこと。
まだ言葉になっていない希望を拾ってもらうこと。
なのだと思います。
専門家が知識を一方的に渡すのではなく、
専門知識を使って、一緒に答えをつくる。
これからの建築会社には、そんな姿勢がさらに求められる気がします。
▽企業人として、何を売るのか
ここからは、会社を経営する側として考えます。
企業である以上、利益は必要です。
利益がなければ、
職人へ支払えない。
社員を雇えない。
設備を更新できない。
会社を継続できない。
理想だけで建物は建ちません。
この点は現実です。
しかし、
利益を上げること
と、
工事を増やすこと
は同じではありません。
まだ使えるものまで交換する。
必要のない工事まで勧める。
高い設備ほどよいと説明する。
それを続ければ、一時的な売上にはなるかもしれません。
しかし、建築会社として積み上がるものは少ないと思います。
▽これから売るべきものは「工事量」ではない
これから人口が減り、住宅ストックが余る時代には、
たくさん壊して。
たくさん材料を入れて。
たくさん工事する。
ということだけが企業価値にはならないでしょう。
残せるものを判断する。
今は工事しなくてよいと伝える。
予算を別の場所へ使うことを提案する。
10年後の改修まで考える。
そうした判断も商品になるはずです。
つまり、
工事そのものではなく、判断の質を売る。
設計会社、リフォーム会社、施工会社にとって、これから非常に重要になると思います。
▽「やらない方がよい」と言える会社でありたい
建築会社に相談すると、工事を勧められる。
これは、お客様からすれば当然の警戒です。
だからこそ、
ここは直した方がよい。
ここはまだ使える。
今回はやらなくてよい。
という三つを分けて説明できる会社でありたいと思います。
仕事を断るように見える判断でも、
5年後、10年後にまた相談していただけるなら、それは会社にとっても悪い関係ではありません。
むしろ、
一回の工事金額より、
長く相談される会社になること
の方が、これからの企業経営として健全なのではないでしょうか。
▽完成後から始まる会社との関係
工事会社とお客様の関係は、
契約。
施工。
引渡し。
で終わりがちです。
しかし住宅は、その後の方が長い。
給湯器が壊れる。
水栓から水が漏れる。
建具が動きにくくなる。
家族構成が変わる。
そしてまたリノベーションを考える。
その時、
以前の工事を知っている会社が残っている。
図面がある。
材料の記録がある。
気軽に相談できる。
これは住宅にとってかなり大きな価値です。
第11回で住宅履歴を書いた理由も、最終的にはここにつながっています。
建物だけではなく、建物との関係を残す。
企業にもその役割があります。
▽企業にも寿命がある
建物を長く残そうと書いてきました。
では、それをつくった会社はどうでしょう。
建築会社がなくなれば、
誰が工事内容を知っているのか。
誰が補修するのか。
誰が図面を持っているのか。
という問題が起きます。
だから企業人として考えれば、
いい仕事をする
だけでは足りません。
会社を継続する。
情報を残す。
次の人へ技術を渡す。
協力会社との関係を保つ。
それも責任です。
建物の持続可能性を語るなら、
企業そのものも持続可能でなければならない。
これは今回のシリーズを書きながら、改めて感じたことの一つです。
▽職人の技術をどう残すのか
第18回では、建設技能者の高齢化について触れました。
AI。
BIM。
デジタル化。
これから建築業界は確実に変わります。
しかし、
既存建具の建付けを見る。
古い木材をどう加工するか判断する。
壁を開けて現況を見ながら納まりを決める。
そうした技術は、データだけでは残りません。
現場で覚えることがあります。
企業には、
仕事を受注するだけでなく、
技術が次の世代へ渡る場所をつくる責任
もあります。
古い職人技を神格化する必要はありません。
新しい技術も取り入れる。
でも、使える技術は残す。
建物と同じです。
▽価格だけで選ばれない会社へ
建築工事は高額です。
だから価格比較されるのは当然です。
相見積りも必要でしょう。
しかし、
安い会社。
高い会社。
だけで比較されてしまえば、建築の仕事はかなり苦しくなります。
なぜこの工事が必要なのか。
なぜこの材料なのか。
どこは残せるのか。
将来どう直せるのか。
そこまで説明する。
価格の理由を見えるようにする。
そして、
工事後に何が残るのかを伝える。
それによって、
単価ではなく考え方で選ばれる会社
を目指すべきなのだと思います。
簡単ではありません。
しかし、簡単なら皆とっくにやっています。
▽小さな会社だからできることもある
大きな企業には、
資金。
人材。
研究開発。
ブランド。
という強さがあります。
一方、小さな会社にも強みがあります。
お客様の話を直接聞く。
設計者が現場を見る。
施工中の問題をすぐ判断する。
引渡し後も顔を出す。
その住宅について、
「誰か」が知っている。
という関係です。
リノベーションは一棟ごとの条件が違うため、
大量生産だけでは解決しにくい仕事でもあります。
だから、
小さいことを弱みとだけ考えなくてもよい。
距離が近いこと。
判断が早いこと。
一件の住宅を深く理解できること。
そこには十分な価値があります。
▽企業として「何を残すのか」
会社は工事をすると、
売上が残ります。
利益が残ります。
しかし、それだけでは少し寂しい。
建物が残る。
お客様との関係が残る。
図面が残る。
職人の技術が残る。
街並みが残る。
若い人に仕事が残る。
そして、
会社そのものが次へ残る。
企業活動とは、
今年の数字だけではなく、
自分たちの仕事の後に何が残るのか
を考えることでもあると思います。
▽楽しく伝えることも、これからの仕事
今回のシリーズを書いて、
「真面目に伝えること」
と、
「楽しく伝えること」
は対立しないのだとも思いました。
建築法規は難しい。
構造は難しい。
断熱も難しい。
資金計画も難しい。
だから専門家が難しいまま話したら、普通の人には面白くありません。
専門家の仕事は、
知っていることを難しく話すことではなく、
難しいことを、内容を薄めずに分かりやすく伝えること。
さらに、
建築って面白い。
自分の家を考えてみたい。
と思ってもらえるところまで伝えること。
ここも、これからもっと上手くなりたい部分です。
▽建築の「本当」は伝えられたのか
最初の問いへ戻ります。
建築の本当は伝えられたのだろうか。
答えは、
全部は無理だった
と思います。
建築は広すぎます。
一棟ごとに条件が違います。
19回程度で説明できるほど、人間も建物も素直ではありません。
でも、
建築は仕上材だけではないこと。
新しいことだけが価値ではないこと。
古いものにも未来があること。
家は人に合わせて変えられること。
建築は完成してからも続くこと。
そのあたりは、少し伝えられた気がします。
それで十分なのかもしれません。
▽そして、これから
このシリーズは終わります。
しかし、リノベーションについて考えることは終わりません。
現場へ行けば、また知らない問題が出てきます。
新しい材料が出る。
法律が変わる。
暮らし方が変わる。
お客様から、こちらが思いつかなかった希望を聞く。
そのたびに考え直す。
建築の仕事とは、
完成した答えを持っていることではなく、
毎回違う条件に対して、できるだけ良い答えを探し続けること
なのだと思います。
企業としても同じです。
知っているふりをしない。
分からなければ調べる。
間違えたら直す。
必要のないものは勧めない。
必要なものには責任を持つ。
そして、
仕事そのものを楽しむ。
建築の面白さを、お客様にも伝える。
そんな会社であり続けられればと思います。
あとがきのあとがき
19回もリノベーションについて書けば、
最後には「リノベーションとは何か」という答えが出ると思っていました。
結果として、
ますます分からなくなりました。
建築というものは、なかなか往生際が悪い。
構造の話をしていたはずが人生の話になり、
住宅の話をしていたら都市の話になり、
古材の話から環境問題になり、
最後には企業のあり方まで来てしまいました。
でも、たぶんそれでよいのだと思います。
建築は、人が暮らす場所をつくる仕事です。
人間の生活が複雑なら、建築も単純にはなりません。
だからこれからも、
現場を見て。
人の話を聞いて。
少し考えて。
時々迷って。
またつくる。
その繰り返しです。
建築の本当を伝えること。
そして、
建築を難しいもののままにせず、もっと楽しく伝えること。
それを、これからの仕事の一つにしたいと思います。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
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