ホームセンターの棚が、いま建築現場の危うさを語っている
- kojo masaaki

- 5月28日
- 読了時間: 11分
「シンナー、接着剤、マスキングテープ、そしてナフサの話」
近所のホームセンターへ、少し取材に出かけてきました。
といっても、マイクを持って店員さんを追いかけ回したわけではありません。
そんなことをしたら、ただの怪しいおじさんです。
目的はひとつ。
報道で言われている建築資材の品薄は、本当に現場の末端まで来ているのか。
私たちのように、リフォーム、リノベーション、オーダー家具を扱う会社にとって、材料の価格や供給状況は、単なる経済ニュースではありません。
それはそのまま、見積金額になり、工期になり、施工方法になり、場合によってはお客様への提案内容そのものにも関わってきます。
テレビの中の話ではなく、目の前の現場の話です。
・・・目次・・・
▽売場を歩いてみると、やはり空気はいつもと違っていました。
▽売場を歩いてみると、やはり空気はいつもと違っていました。
シンナーは数量制限付きでの販売。
エポキシ系、ゴム系の接着剤は店頭在庫限り。
なぜか木工用ボンドにも購入制限。
マスキングテープ、布コロナマスカー、塩ビパイプにも購入制限。
一方で、シリコン系のコーキング材やビニル養生材は、比較的在庫が残っている印象でした。
棚を見ていて思ったのは、品薄になっているものが、いわゆる“完成写真には写らない材料”に集中しているということです。
シンナー。
接着剤。
マスキングテープ。
マスカー。
塩ビパイプ。
どれも、完成したおしゃれなリビング写真にはまず登場しません。
でも、これがないと現場は進まない。
建築という仕事は、キッチンや家具やフローリングのような主役だけで成り立っているわけではありません。
実際には、こうした地味な材料たちが、毎日黙々と現場を支えています。
舞台に立つ俳優ではないけれど、照明、音響、舞台袖のスタッフがいなければ芝居は始まらない。
そんな存在です。
そしていま、その名バイプレイヤーたちが、じわじわと棚から姿を消し始めています。
▽「国全体としては足りている」と「明日の現場で使える」は違う
今回の資材不足でよく聞く言葉が、ナフサです。
石油化学製品の基礎になる原料ナフサ。
そこから樹脂、溶剤、塗料、接着剤、プラスチック製品など、建築現場で使うさまざまな材料へつながっていきます。
政府は、原油や石油製品については代替調達や備蓄放出により「日本全体として必要となる量」は確保していると説明しています。ナフサについても、米国など中東以外からの代替調達、川下在庫、国内精製を合わせて、化学品全体の国内需要4か月分を確保しているとの説明があります。
ただし、ここが現場感覚として非常に大事なところです。
国全体として量があることと、明日の現場で使う材料が問屋やホームセンターにあることは、同じではありません。
霞が関の資料上では足りている。
でも、近所の売場では棚が空いている。
このズレが、いま現場を一番悩ませています。
経済産業省も、シンナーのサプライチェーンでは一部で供給の偏りや流通の目詰まりが起きていることを認めています。川上側から「4月までは前年実績並み、5月は未定」と伝わったことで、シンナーメーカーや卸・小売が出荷を抑え、結果として現場側に調達困難が起きた例も説明されています。
つまり、原料が日本から完全に消えたという単純な話ではありません。
川上から川下までの間で情報が詰まり、不安が広がり、メーカー、商社、卸、小売、施工店がそれぞれ慎重になる。
その結果、最後にしわ寄せが来るのが、職人さんであり、工務店であり、リフォーム会社であり、そしてお客様の現場です。
▽棚は正直です。
「大丈夫です、全体量はあります」と言われても、目の前の棚が空いていれば、現場は止まります。
シンナーがないだけで、防水工事は止まる
今回、いろいろ調べていて一番気になったのは、単なる値上がりではなく、すでに工事が始められない、止まる、仕様変更を迫られるという段階に入りつつあることです。
報道では、雨漏り改修が必要な住宅で、屋上に張る防水シートが入荷せず、1週間近く工事が始められないケースが紹介されています。さらに、外壁同士をつなぐ資材が入らず、供給が滞れば工事延期の可能性がある現場も報じられています。
雨漏りは、待ってくれません。
「材料が入るまで、雨もしばらくお休みでお願いします」
そんなお願いを空にしても、たぶん聞いてくれません。
防水工事というのは、見た目をきれいにするための工事というより、建物を傷めないための“止血”に近い工事です。
屋上、バルコニー、外壁目地、サッシまわり。
ここに不具合があれば、雨水は容赦なく入ってきます。
その防水工事に必要な材料が入らない。
これは現場として、かなり厳しい話です。
塗装業界の団体である日本塗装工業会も、シンナー、塗料、副資材の供給不安と価格高騰を受け、国土交通省へ緊急要望を出しています。緊急アンケートでは、シンナーが「通常通り入手できる」と答えた会社はわずか2.7%にとどまり、「手に入らない」が55.1%、「数量制限あり」が42.2%というかなり厳しい数字も報じられています。
シンナーというと、一般の方には少し遠い材料に聞こえるかもしれません。
でも現場では、塗料を薄める、器具を洗う、下地材や防水材と組み合わせる、仕上げを整えるなど、さまざまな場面で使います。
塗料があっても、シンナーがなければ施工できない。
防水材があっても、関連する副資材がなければ工程が組めない。
料理で言えば、食材はあるのに火が使えないようなものです。
いや、少し違うかもしれませんが、現場の気分としてはだいたいそんな感じです。
横浜市の外装リフォーム会社が公開している資材状況でも、シンナーは「入荷不可」とされ、塗料があっても施工できないケースがあること、またウレタン防水トップコートも「入荷不可」とされ、屋上やバルコニーの防水工事に影響が出る可能性が示されています。
▽現場で本当に困るのは、材料が高くなることだけではありません。
工程が組めない。
職人の予定が空いてしまう。
材料が入った頃には、今度は職人が別現場に入っている。
お客様に説明しても、「では、いつ再開できますか?」にはっきり答えられない。
これが一番つらいところです。
職人さんも遊んでいるわけではありません。
私たちも工事を止めたいわけではありません。
お客様も待ちたいわけではありません。
でも材料が来なければ、現場は進まない。
建築は気合いと根性だけではできません。
いや、多少は気合いも根性も必要ですが、最後はやっぱり材料が必要です。
▽ナフサはどこから来ているのか
日本のナフサ輸入は、中東依存度が高い構造です。JETROによると、2024年時点で日本のナフサ輸入量のうち中東が73.6%を占めていました。さらに2026年4月には、中東からの「石油製品」輸入額が前年同月比で大きく減少したことも報じられています。
政府や企業は、中東以外からの代替調達を進めています。
ただし、いつ、どのルートで、どの価格で、どの製品として、私たちの手元に届くのか。
ここが読みにくい。
そしてこの“読みにくさ”が、現場にはかなり重くのしかかります。
ロシア産原油についても、単純に「足りないならロシアから」という話にはなりません。日本はG7の枠組みの中でロシア産原油への上限価格措置などを続けており、2025年1〜7月時点で日本のロシア産原油輸入は総輸入量の0.1%程度にとどまると報じられています。
つまり、エネルギーや原料の調達は、価格だけの問題ではありません。
外交、安全保障、制裁、輸送ルート、保険、商社の判断、メーカーの在庫、卸の出荷調整。
いろいろなものが絡み合っています。
▽私たちがホームセンターで見ている一枚の「購入制限」の貼り紙の裏には、世界情勢がつながっている。
大げさなようですが、本当にそうなのです。
棚板一枚にも、世界がくっついています。
オーダー家具にも影響が出始めている
弊社は、リフォームやリノベーションだけでなく、オーダー家具の設計・製作も行っています。
そこで非常に気になるのが、メラミン化粧板や化粧ボードの価格改定です。
アイカ工業は、2026年6月1日出荷分より、メラミン化粧板および化粧ボードを現行価格から10〜30%値上げすると発表しています。
これは、私たちのようにオーダー家具を扱う会社にとって、かなり大きな話です。
メラミン化粧板は、キッチン収納、洗面収納、カウンター、店舗什器、TVボード、造作家具などで非常によく使います。
色柄が豊富。
耐久性がある。
清掃性も高い。
コストバランスも良い。
まさに現代の造作家具界の優等生です。
ところが、その優等生が急に、
「すみません、6月から学費が上がります」
と言い出したわけです。
しかも価格が上がるだけならまだしも、状況によっては納期や供給にも影響が出る可能性があります。建材商社の案内では、アイカ工業製品について、メラミン化粧板やセラールなど一部建装建材製品で出荷量の調整が示されています。
これは、家具の見積にも、工期にも、仕様決定にも関わってきます。
「この色がいいですね」
「では、それでいきましょう」
これまではそれで済んでいたことが、これからは、
「その品番、今入るか確認します」
「納期が読めないので、近い柄の代替も見ておきましょう」
という会話になるかもしれません。
少し残念ですが、これがいまの現実です。
これからお客様にお願いしたいこと
今回の資材不足は、すべての工事が明日から止まるという話ではありません。
ただし、これまでのように、
「仕様はあとで決めれば大丈夫」
「材料は決まってから取れば間に合う」
という感覚だけでは、少し危ない局面に入っていると思います。
特に注意が必要なのは、塗装、防水、接着、床工事、造作家具、塩ビ配管、養生材を多く使う工事です。
色柄や仕様を決める時間も、家づくりの楽しい時間です。
そこは大切にしたい。
ただ、いまは少しだけ早めに決めることが、結果として工期と予算を守ることにつながります。
また、見積の有効期限についても、これまでより短くせざるを得ない場面が出てくると思います。
これは決して、こちらが便乗して値上げしたいという話ではありません。
仕入価格や納期が短期間で変わる可能性があるためです。
▽私たちも、できる限り工夫します。
在庫確認。
代替材の検討。
施工方法の見直し。
無理のない範囲での先行発注。
必要以上に材料を抱え込まない調整。
ただし、品質を落とすような無理な代替はしません。
家は、安ければいいというものではありません。
特に、見えないところほど、ちゃんとした材料とちゃんとした施工が必要です。
シンナーや接着剤やマスキングテープの話は、地味です。
正直、華やかな話ではありません。
でも、建築の品質は、こういう地味な材料の積み重ねで決まります。
仕上がった後には見えなくなるものほど、実は大事だったりします。
人間も家も、見えないところが大事です。
たぶん。
▽ホームセンターの棚を見ながら思ったこと
ホームセンターの棚に貼られた「購入制限」の文字を見ながら、少し前のコロナ禍を思い出しました。
あの時も、木材、給湯器、トイレ、食洗機、照明器具、いろいろなものが突然入りにくくなりました。
そして今回もまた、世界のどこかで起きている出来事が、湘南・茅ヶ崎の小さなリフォーム会社の見積や工期にまでつながってきています。
建築は、ものすごくローカルな仕事です。
お客様の家に伺い、現場を測り、図面を描き、職人さんと納まりを考え、最後は手で仕上げる。
でも、その材料の背景には、原油、ナフサ、国際物流、中東情勢、為替、メーカーの調達網までつながっています。
目の前の接着剤一本にも、世界がつながっている。
そう考えると、建築という仕事は本当に面白い。
そして、なかなか厄介です。
今回のホームセンター取材で感じたのは、資材不足というものは、ある日突然ドカンと来るだけではないということです。
最初は、棚の一部が空く。
次に、購入制限の貼り紙が出る。
その次に、問屋から納期未定の連絡が来る。
そして最後に、現場の工程表が組めなくなる。
その前兆を、私たちは見逃してはいけないのだと思います。
「材料が高くなりました」
「納期が遅れます」
それだけをお客様に伝えるのではなく、なぜそうなっているのか、現場で何が起きているのかを、できるだけ正直にお伝えしていきたい。
暮らしをつくる仕事は、材料があってこそ。
そして材料は、当たり前にあるようで、決して当たり前ではない。
そんなことを、ホームセンターの空いた棚から教えられた一日でした。
棚は、意外とよくしゃべります。
こちらがちゃんと見る気さえあればですが…。










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